現実の自分を見つめる
幼い頃からたくさん食べるのも太っているのも当たり前で過ごしてきた人生でした。
今思えば、大人になるにつれて、自分の目では自分の姿を正確に見ることができなくなっていたように思います。
コンプレックスにまみれているから、自然と二重顎が目に入らない角度でしか鏡を見ないんです。でっぷりしたお腹が隠れる服を着て、斜めから全身鏡を見て「よし、なんとか見られる姿だ」と思い込んでばかりいました。
そして、不意に撮られたスナップ写真や多くの人と並ぶ集合写真を見て愕然とするんですよね。
こんなはずじゃないのに、もっとマシに見える方法を探さなきゃ。そんなしょうもないことばかり考えていました。
「ちょっとぽっちゃり体型」からいよいよ本格的な肥満になると、もういよいよ自分の姿を見るための視野は狭くなっていました。あえて狭めていたとも言いますが。
写真には極力自分から写らないし、ひどい姿が写っていても自分の脳がモザイクのフィルターをかけたように受け入れないのです。化粧する時は目元だけ見て、アイラインがうまく引けてマスカラがダマになっていなければ合格。
おしゃれするのが好きで、可愛い美しい物を見るのが好きな本来の自分にとっては自分の姿自体が醜いことが許せなかったのかもしれません。その事実をどうにもできなくて現実逃避している自分の内面に対しても。
ダイエットを始めて数ヶ月が経ち明らかに服のサイズも落ちてきた頃、ようやく気軽にスナップ写真を撮ってもらった時の喜びは今でもじわじわと残っています。洋服選びも、「着られる服」から「着たい服」に変わりました。
でも、ダイエットのおかげで何もかも良い方向に進んで素晴らしい人生!というわけにはいきません。
加齢が進んで基礎代謝は落ちるし肌も老化する。若い頃には無かった現実的な悩みも増えます。
ダイエットを始める前の最も肥満だった時だって、写真を見返せば肌はつやつやしているし楽しそうに笑っていたり若いなりの可愛らしさがあるんですよね。その当時は憎むべき醜い自分の姿としか思えなかったものの中にさえ、何かひとつふたつは良いものが隠れていたんだなと改めて最近になって気づきました。
ダイエットできなかったり、部屋をゴミで散らかしてしまう人の中には案外完璧主義の人が多いという話を聞いたことがあります。私もこれに近かったかも?と思うのですが、「10のうち8ダメなら完璧ダメ。意味がない」と自分に判断を下してしまい、やっても意味がない!自分はダメ!と決めつけ、チャレンジを諦めてしまいがちなのだそうです。
もしダイエットに疲れてしまったり何か問題が起きて自分が大嫌いになりそうな時こそ、しっかり自分を見つめ直してみようかなと過去の自分に教わった思いでした。